水商売の世界に飛び込んだばかりの頃の私は、「私を指名するお客さまは、私のことを好き・愛している」と勘違いしていた。改めて振り返ると、若さからくる根拠のない自信だったのかなと思います。
彼氏がいなかったこともあって、モテていると思いこみ、女性として魅力があるとも感じたかったのでしょう。
でも、お店に来るお客さまには、「女の子とおしゃべりをしながら飲みたい」とか「火遊びはしたくないけど、ちょっとしたスリルを楽しみたい」とか「接待のため」とか、いろんな来店理由があったんです。
お客さまの来店理由と私の勘違い・思い込みは、もちろんかみ合いませんでした。
指名数やボトルの値段が私の価値だった頃
指名という行為の意味を、私はずっと履き違えていた。
カウンターに並ぶボトルの数を自分の価値だと思っていたように、指名の数もまた、愛情の総量だと本気で信じていました。あの頃の私には、それを疑う理由がなかったんですよね。
転機は、常連のKさんとの会話でした。Kさんは週に二度は来店する、温厚な中年の男性。いつも指名をしてくれて、高いボトルを迷わず入れてくれた紳士です。正直、「この人は私のことが好きなんだ」と思っていました。
ある夜、Kさんが珍しく「俺さ、家に帰っても誰もいないんだよね。ここに来ると、話を聞いてくれるじゃない。それだけでいいんだよ」と言ったとき、私の中に何かがすとんと落ちてきた感覚がありましたた。
Kさんが求めていたのは、「話を聞いてくれる誰か」であって、それが私である必要はないんじゃないかと思った瞬間でした。
私の認識が場の空気を壊したとき
それでも私は、「指名の数=好意の数」という感覚を手放しきれませんでした。頭では分かったつもりでも、どこかでまだ証明したかったんだと思います。
そんなとき、あるお客さまが会社の部下と来店され、私はヘルプとして席に着きました。「この子なら場を盛り上げてくれる」という先輩キャストの信頼があったんですね。
そんな信頼をよそに私は、「場を良くする接客」ではなく、「選ばれること」を意識していたんです。
結果的に、その場で一番「目に留まりそうな相手」にばかり反応していたんです。
お客さまが帰られたあと、ママと先輩からはっきり注意されました。そのとき初めて、自分の動きが場の前提からズレていたことに気づきました。
指名という誤解のあとで
つまり指名とは愛でも恋でもなく、お客さまそれぞれの「来店理由」を満たせる女の子を選ぶ行為だったんですね。
あの頃の勘違いを、今の私は笑い飛ばせています。でも同時に、あの勘違いがあったから夢中で働けたとも思っています。
今でも認知のズレを起こすことはあるけれど、少しずつ、その場の意味を正しく見られるようになってきた気がします。

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